WEBVTT 00:00:01.677 --> 00:00:07.437 ジェンダー・アイデンティティは、今SNS上で最も極端な意見が出ているもののひとつかもしれない 00:00:07.577 --> 00:00:13.107 ほとんどの国では、性別は肉体的にどう生まれたかで定義される―男か女 00:00:13.697 --> 00:00:15.957 しかし、性自認はもっと流動的である 00:00:15.970 --> 00:00:21.290 女性として生まれても、男性としてふるまう方が快適だったり、男性としてのアイデンティティを持つこともある 00:00:21.290 --> 00:00:22.480 その逆も 00:00:22.556 --> 00:00:27.266 最近、私は世界中の性自認が流動的な社会の人に会い 00:00:27.364 --> 00:00:30.104 オンラインで彼らの伝統について話してもらった 00:00:30.174 --> 00:00:34.924 ニュー・メキシコ州の先住民ナバホ族のジェロニモ 00:00:36.521 --> 00:00:41.086 私はフランシス・ジェロニモ・ルイスで、チリカフア・アパッチです 00:00:41.086 --> 00:00:43.976 私は2つのスピリットを持っています 00:00:44.080 --> 00:00:46.491 ここはうちの裏庭です 00:00:47.521 --> 00:00:49.541 木がたくさんあります 00:00:49.719 --> 00:00:51.789 サボテンも 00:00:52.363 --> 00:00:54.303 向こうには山があります 00:00:54.354 --> 00:01:00.524 ジェロニモは、彼の文化に古くから伝わる4つの神聖なジェンダーのアイデンティティのひとつを自認している 00:01:00.593 --> 00:01:06.463 「男性・男性」、「男性・女性」、「女性・女性」、「女性・男性」 00:01:06.527 --> 00:01:12.704 私は「男性・女性」に霊的、精神的、肉体的、感情的に惹かれています 00:01:12.704 --> 00:01:21.604 「男性・女性」は「Nádleehi 」と呼ばれ、男性の身体を持ちますが、女性的な性質を持ちます 00:01:21.604 --> 00:01:25.694 女性そして男性の役割も担います 00:01:25.777 --> 00:01:28.257 私は時々、それを文字通りに実行します 00:01:28.257 --> 00:01:32.007 女性の格好もできるし、男性の格好もできる 00:01:32.531 --> 00:01:37.791 伝統的に私たちは、「Tsiiyééł」の形に髪を結い上げます 00:01:38.178 --> 00:01:43.158 伝統的に男性はこの辺り、女性はこの辺りです 00:01:43.253 --> 00:01:45.283 バンダナもつけます 00:01:47.607 --> 00:01:53.287 私は自分が男性であることを知っていますし、女性の役割を担うこともできます 00:01:53.421 --> 00:01:57.421 機織りもするし、料理もするし、掃除もします 00:02:01.002 --> 00:02:08.362 8,000マイル離れたインドの首都デリーでは、ジェンダーは何世紀もの間、男性と女性だけではなかった 00:02:08.792 --> 00:02:12.252 こんにちは、ナマステ、私はレヘルです 00:02:12.252 --> 00:02:16.642 私は23歳で、女性の体には生まれていません 00:02:16.747 --> 00:02:20.587 2014年、インドの最高裁判所は 「第三の性 」を認めた 00:02:20.637 --> 00:02:26.957 私は生まれたときに性別は「男性」と割り当てられ、医学的に性別を変更しました 00:02:26.970 --> 00:02:35.144 しかし、私は西洋の用語でいうところのトランスウーマンやトランスジェンダーではありません 00:02:35.185 --> 00:02:43.225 インドでは、私たちは「第3の性」として知られ、祝福や呪いの力を持つ「神聖な性」と考えられています 00:02:43.225 --> 00:02:46.545 私たちは非常に神聖で尊敬に値する存在とみなされています 00:02:46.727 --> 00:02:49.397 インドでは性別が二元的であったことはありません 00:02:49.397 --> 00:02:52.355 常に非常に流動的です 00:02:52.357 --> 00:02:54.817 特にインドの神話ではそうです 00:02:54.960 --> 00:02:59.660 20から28以上の性別を表した像があります 00:02:59.660 --> 00:03:02.230 シカンディーの物語があります 00:03:02.230 --> 00:03:13.881 シカンディーは生まれつき女性でしたが、マハーバーラタの戦いを戦うために男性に変身しました 00:03:14.708 --> 00:03:20.618 オーストラリアでは、アボリジニ・コミュニティーの間でトランスの人々はさまざまな名前で呼ばれてきた 00:03:21.469 --> 00:03:24.179 カイは自分はブラザーボーイだと言う 00:03:24.370 --> 00:03:31.758 ブラザーボーイは、女性として生まれたが、男性的なスピリットを持つ人のことです 00:03:31.850 --> 00:03:40.283 私たちの存在に対する理解は、XX染色体やXY染色体といった科学的な定義以上のものです 00:03:40.353 --> 00:03:48.733 私たちは共存することがで、必ずしもあなたが信じていることを信じていない人々に憎しみや暴力を与えることを意味するものではありません 00:03:49.109 --> 00:03:51.698 しかし、カイが歩んできた道のりは容易なものではなかった 00:03:51.698 --> 00:03:55.298 今でも自分自身のコミュニティの中で偏見に直面している 00:03:55.695 --> 00:04:08.615 女性として生まれ、女性の仕事をし、そして男性に転身した者として、自分の文化の中で自分の居場所を見つけるのはとても難しいことです 00:04:08.668 --> 00:04:11.728 私はまだその旅の途中だと思います 00:04:13.278 --> 00:04:18.718 そして、多くのコミュニティで、性の流動性は植民地主義によって失われた 00:04:18.849 --> 00:04:26.179 シスターガールやブラザーボーイの歴史は、植民地化の影響で記録をするのことが難しかったのです 00:04:26.232 --> 00:04:28.402 恥や汚名とされたからです 00:04:28.524 --> 00:04:36.178 植民地化されていく時代には、私の民族や私たちの部族の間では、性的役割は広く受け入れられていました 00:04:36.250 --> 00:04:41.930 「2つのスピリット」と呼ばれるこれらの人々は、広く尊敬されていました 00:04:42.065 --> 00:04:54.545 植民地主義が始まったとき、多くの同胞が死に、殺され、同胞の教えや理解の多くが失われました 00:04:54.577 --> 00:05:04.937 強制的な同化や宗教的な改宗はすべて、「2つのスピリット」を持つ人は悪い人であり、消え去るべきだという考えを助長しました 00:05:04.937 --> 00:05:07.297 私は多くの差別に直面しています 00:05:07.297 --> 00:05:10.097 それは私の感情を傷つけます 00:05:10.511 --> 00:05:17.101 レヘルはまた、植民地化がインドのジェンダー多様性に劇的な変化をもたらしたと考えている。 00:05:17.248 --> 00:05:27.938 植民地化によって、インドの人々の考え方は断ち切られ、それは今日、同性愛嫌悪へと変化しているのかもしれません 00:05:29.440 --> 00:05:36.120 ジェンダーの問題は、どのように自認するかということ以上に、ますます重要なものになってきている 00:05:36.401 --> 00:05:40.941 それは生物学的に分けられた空間を利用できるか否かを決めることになる 00:05:40.941 --> 00:05:43.001 例えばトイレや避難所 00:05:43.001 --> 00:05:44.541 そしてスポーツ 00:05:44.719 --> 00:05:54.759 誰がそのスペースにアクセスすべきかをめぐる問題は、西洋社会でジェンダーの問題がこれほどまでに二極化してしまった理由のひとつである 00:05:54.782 --> 00:06:02.632 しかし、ジェンダーの概念に疑問を持ち、男性らしさ、女性らしさをめぐる固定観念が制限的であると考える人々もいる 00:06:02.632 --> 00:06:10.522 また、世界の他の地域では、男性と女性だけが存在するという考え方は単純化されすぎていると考えられてきのだ